「ほーれ、わしゃわしゃわしゃ!」
「兄ちゃんくすぐっってーよぉ」
いつもの家族の日常。
今日も俺は風呂から上ってきたちびたちの髪をタオルで拭いてやっていた。
やんちゃ真っ盛りの弟たちは、捕まえるのも一苦労。
けれどそんな何気ない時間が幸せで、またかけがえのない大切な時間でもある。
「ほら、今日の晩飯はカスラーだぞ〜!今月は兄ちゃんが頑張ったからな」
髪を一通り拭き終えそう声をかけてやると、弟は嬉しそうに台所へ走っていく。
お祝い料理のひとつであるカスラーは、貧乏なうちにとっては大変貴重な料理だった。
瞳を輝かせるその姿に、俺はふっと笑みをこぼす。
いいものを食わせてやれる、大切な人が笑ってくれる、そのことが何より嬉しい。
そしてそれはこの大家族を自分1人で養っていかなければならないという強い責任感の表れでもあった。
無意識のうちに安堵のため息が漏れる。
「大丈夫……かな、俺」
ふと、少しだけ不安になる。
雨音だけがやけに耳に響いて、一層気分が滅入ってしまいそうになった。






「おい、兄ちゃん!カスラーなくなっちまうぞ、早く来いよ〜っ!」
どれくらいそうしていたのだろう。
弟の呼ぶ声に現実に引き戻され、俺は居間へ向かった。






夕ご飯を食べ終えると、母さんがこっそり俺を呼んだ。
夜に、ちびたちが眠ったあとにおいでと、そっと口の前に人差し指をたてる。
何でもちびたちには内緒でということらしい。
当然というか、何を言われるのか思い当たる節もなく
俺は内心ドキドキしながら、ちびたちの寝静まるのを待っていた。
しばらくすると暗い部屋で一つ柔らかな光が差した。
「母さん……?」
蝋燭に火を灯したその明かりに導かれるようにそこに近づくと
母さんは布団の中から優しい顔を覗かせ、俺を迎えてくれた。
そしてごめんね、と小さく呟く。
「え……何っ!」
何のことかわからず困惑した声をあげると、突然それを遮るように母さんが俺を抱きしめた。
「ごめんね……お前1人にばかりこんなに辛い思いさせて、ごめんね……」
ひどく辛そうな顔で母さんはそう言うと、俺を強く抱きしめる。
本当は母親の自分がしなければいけないのに、と今度は自分に言い聞かせるかのように、そう言って。
あのときの、見ていたのだろうか。
「大丈夫だって。まぁ色々考えちまうときもあるけど、なんてたって俺、サッカー大好きだしな!」
不安にさせないように殊更に明るくそう言ってのけると
母さんは申し訳なさそうに、でも少しだけ嬉しそうに口にした。
「ありがとう」
たったひとことだけれど、母さんの色々な想いがつまっているんだと思うと
俺も自然に、泣けてきた。
一度涙が出てくると、どうしてかいつも止まらなくなる。
ぎゅっと母さんに抱きついて、俺は声をあげて思い切り泣いた。
こんなのはいつぶりだろう、随分昔のことのような気がする。
本当はずっとこうして母さんに甘えたかったのかもしれないと、俺は今更気づく。
一家の稼ぎ頭として、大黒柱として、男として、いつも甘えさせる側で
自分でも知らない内に、甘え方を忘れてしまっていたのかもしれない。
夜通しそうして母さんは抱きしめて、頭を撫で続けてくれた。
確か泣きつかれて眠ってしまいそうになったら、子守唄も歌ってくれた。
懐かしくて、安心する、いつもの優しい母さんの歌声が
俺は昔から大好きだった。ずっと、今も―――。












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071129 半年前ブログにだけこっそりあげていたお誕生日企画連続ミニ小説第2弾でした

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