「ぜってーやだかんな!」
堂々巡りのような押し問答。
何度諭しても聞く耳をかさず、ツンとしてばかりだ。
「ガイ、お前のためなのだと何回言えば……」
「嫌なもんは嫌なの!」
まったく毎回変なところで頑固で、
こうなると絶対に口を割らないということは
小さな頃からこいつを面倒見ている自分にはよくわかっていた。
大きなため息を一つつくと、少し時間をあけてからにしようと部屋を後にする。
「予防注射……か」
人間界では今、伝染病というものが流行していた。
身体中に赤い吹き出物のようなものが出来たり、ひどい高熱が出たりと
とにかく辛い病気だという話だ。
それでも予防接種を受けることによって大分その症状は軽減され、
軽い程度で済むんだそうだ。
人間界に降臨している以上、感染する可能性は十分にあるわけで、
こいつを除く他の仲間たちはみな、注射を受けに行っていた。
残るはあいつだけ……なのだが。
また一つ大きなため息をつき、がっくりと肩を落とす。
他の奴らに迷惑をかけるわけにもいかないし
それがまた他の奴に伝染したりなんかしたら大変なことだ。
それに何より、あいつの苦しむ姿は見たくない。
昔一度、こいつが風邪をこじらせて寝込んだことがあった。
辛そうに顔を歪ませ、高熱にうなされては全身びっしょりになって。
毎日元気に走り回り泥だらけになって帰ってきては
頬張りきれないほどご飯を口の中にかきこんでいた
そんな姿が嘘のように、日々やつれていくこいつがどうしようもなく切なかったことをよく覚えている。
代われるものなら代わってやりたいとさえ思った。
「どうしたもんか」
とにかく、ともう一度説得してみようと部屋に向かうと、丁度本人が部屋から出てくるところだった。
しかしどうにも様子がおかしい。
遠目に見ても足元がふらついているようで、危なっかしい。
不思議に思い、やや小走りで近寄ってみると俺を見るなり奴は倒れこんできた。
何事かと慌てる俺を尻目にぎゅっと腕をつかみ、顔をうずめる。
「ごぉ、なぁ……ん、なんか身体、熱い」
気持ち悪い、なんで、としきりに問い、苦しそうに何度も息をしたり
「さっきからなんか、変、なんだ。んか……気持ちわりぃ」
かと思えば、寒いと自らの身体を抱きしめてみたり。
縋るようなその瞳は、生理的な涙に濡れていた。
「大丈夫か?」
少し休んだ方がいい、そう優しく諭され俺はベッドに寝かしつけられた。
俺の部屋に戻るのかと思えばなぜかこいつの部屋。
曰く、俺の部屋の方が何がどこにあるのかわかって看病もしやすいから、ということだった。
「といってもあまり何があるわけでもないけどな」
苦笑を浮かべながら奴はタオルを水に濡らして、俺のおでこにのせる。
「ん、なんか冷たくて気持ちいいかも」
ふぅ、と小さく息をすると安心したように奴も傍に落ち着いた。
今こんな状態でいる原因は全部自分にある、と冷静に考えてすぐにわかった。
こうなってしまう前に予防しろと散々言われていたのにそっぽを向いて
嫌がり続けた、これは自分の責任だ。
「あの……さ……」
言葉がうまく出てこなくて、最初のそのひとことでとまってしまう。
不安になって奴を見るのに奴はただ優しそうな顔で見守っていてくれるだけ。
全部……全部、悪いのは俺なのに。
「なんで、そんなに優しいんだよ」
なんだか自分がひどく小さく思えた。
意地ばかりはって自分のわがまますらも謝ることさえできない。
それなのに、こいつは俺をせめるどころか心配してくれている。
その事実がやたら重くのしかかるようだった。
「何を言っている、気にするでない」
と、そう言って髪をそっと撫でてくれる。
それから、汗がベタついていると気持ち悪いだろうとゆっくりと頭をあげて
真っ白いタオルで滲むそれをふき取ってくれた。
「悪かった、我が侭言って、ごめんなさい」
その言葉が自然とこぼれた。
タオルを取り替えようとしていたゴウがそんな俺の方に振り向いた。
そしてただ静かに頷いてくれた。
いつもみたいな、温かい手で俺のそれを握って。
気持ちよくて瞼が落ちてくる。
薄く開いていた瞳でちらりとゴウを見ると
その顔がいつものゴウで、嬉しかった。
あ、気持ちいい。
タオル、冷たい。
うん、おやすみなさい。
落ちる瞼の中、微笑む大好きな人の顔だけが
―――映ってた。
--------------------------------------------------------------------
2008/1/17
去年の11月頃書いた。注射とか絶対嫌がって駄々捏ねそう、可愛い。